ハイデルベルク滞在記

ドイツのハイデルベルクで半年間生活することになりました。生活の記録です。

76日目 -仕事仕事仕事-

ちょうど一週間前は、気温が35℃まで上がった。

今日の最低気温は8℃で、最高20℃。あまりの気温差に驚いているのだけれど、涼しいほうがずっと過ごしやすい。だいぶ楽になった。

 

今週は買い物にもドイツ語教室にも行けないほど仕事が忙しかった。明日も休日出勤の予定。

昨日20時半まで残って仕事していたところ、一緒に残業していた先輩が「もう8時半だよ!働き過ぎなんだから、帰りな〜」と言って帰っていった。私は東京では、毎日21時や22時過ぎに帰る生活を続けていたが、こちらの労働環境にすっかり慣れてしまった。東京に戻ってやっていけるのか不安が少しある。こちらに来て、精神的・体力的に余裕が出てきたぶん、働く意欲が増した気がする。そして、仕事も実際はかどっている。

東京に戻っても、心を強く持ってこの生活を続けたい。。。

あと精神的にものすごく楽だと思ったのは、満員電車に乗らなくてもいいこと。こちらでは毎日、職場と滞在先を行き来するシャトルバスが出ている。たいてい朝はそのバスに乗って出社し、帰りは森の小道を通って帰宅する。満員電車は仕方ないしどうしようもできないのだが、今考えただけでも憂鬱になってくる。

 

イスラエル人の同僚、というか先輩と会話して印象的だったこと少々。

イスラエル人の先輩(男性)はゲイで、旦那さんがいる。旦那さんもイスラエル人で、とてもいい人だった。ドイツでは同性婚が認められていて、日本よりもセクシュアルマイノリティに対して寛容な印象がある。だけど皆が皆カミングアウトをしているわけではなく、まったく包み隠さず全てを話すイスラエル人先輩は、むしろ珍しい存在なのではないかと思う。

ある日、イスラエル人の先輩に「日本人はホモフォビアなのか」と聞かれた。突然の質問に少し驚いたのだけど、「いや、そんなことないよ。少なくとも若い人は気にしてないと思うよ」と伝えた。どうしてそんなことを聞くのか尋ねたところ、どうやら職場の別部署の日本人チームリーダーが、彼のチームにいるゲイの男性にあからさまに辛くあたっている、という話を教えてくれた。

この職場にはたくさんの国の人がいるのだけど、ある人が何かをすると、それは「◯◯人」の特性、として見られてしまう場合がある。私は頑張って日本人がホモフォビアではないことを伝えたのだけど、「日本って同性婚認められてるの?」と聞かれて何も言えなくなってしまった。同性婚がまだ認められていないことは個人的に恥ずかしいことだと思うけど、日本は先進的イメージとは裏腹に思考回路がとても保守的だから、実現にはまだ時間がかかりそうだ、と伝えた。

若い人はまったく抵抗ないんだけどね。と伝えると、彼は、どこでもそうだよね。と言っていた。彼のお母さんは、彼に「お前もあともう少し後の世代に生まれてきたら楽だったのにね」と言ったそうだ。いいお母さんだなと思った。

イスラエル人の先輩は、夏休みに旦那さんとイスラエルへ帰省していた。イスラエルでは先輩の両親、妹夫婦とその子どもたち、それに先輩の旦那さんでリゾート地へ旅行に行ったらしい。「私は子どもに注意する係で、夫はずっと子どもたちと遊んでたわよ〜」と楽しそうに話していた。先輩の家族は、すごく良い家族なんだと思った。

 

それと最近は、昼時に必ずと言っていいほど難民の話題になる。

特に一週間ほど前に、冷蔵庫内で亡くなっていた難民が発見されたあたりから、みんな本当によくこの話をするようになった。

EUを揺るがす「難民」問題 〜次々流れ着く溺死体、冷蔵車内で71人窒息死も EU連帯の理念が瓦解の危機に瀕している | 川口マーン惠美「シュトゥットガルト通信」 | 現代ビジネス [講談社]

職場のオーストリア人と、ドイツ人、イスラエル人がずっとこの話をしていて、ランチの時間が長くなった。ハイデルベルクで生活している限りはそんなに難民が溢れていることを想像できないのだけれど、ハンガリーオーストリア、さらにドイツ国境付近には沢山の難民が押し寄せているらしい。洋服の寄付を募るポスターも見つけた。

欧州では連日トップニュースなのだけれど、日本では報道されているのだろうか。

 

これから約一週間ぶりにスーパーへ買い出しに行く。明日は仕事をして、夜は職場の同僚たちと花火を見る予定。